上村松園

 あれは一昨年の十月、日曜日の朝。その日はかみさんの誕生日だったので、出掛ける予定であった。なにげにテレビのチャンネルを変えていたら、着物を着た女性の絵が写し出された。その醸し出される雰囲気に思わず「ぎょっ」とした。上体がのけぞるように反応したのを覚えている。

 それはNHKの日曜美術館という番組であった。美人画で有名な上村松園(1875〜1949没)の特集をやっており、それは焔(ほのお)と言う絵であった。ちょうど竹橋の美術館で展覧会をやっており、その告知も兼ねていた。他の絵はとてもきれいな美人画なのに、なんでこんな絵を書いたのだろうと疑問に思った。そしてどうしても見たくなった。その日の予定を変更して竹橋へ向かった。

 テレビの放送後ということもあり、美術館はかなりの混みようであった。国の重要文化財になっている「序の舞」の凛とした佇まいや、能の世阿弥の狂人の舞をモチーフにした「花がたみ」、「楊貴妃」、「母子」など有名な作品が沢山展示してあり堪能できた。しかし、残念な事に目的の焔は展覧会の前半で展示が終了しており、見る事が出来なかった。その日からずっと気になっていた。

焔

 焔(ほのお)1918年(大正7年)の作品。東京国立博物館所蔵。
源氏物語に登場する女性を描いた謡曲(能の脚本)「葵上」(あおいのうえ)に取材した作品。葵上に嫉妬するあまり生霊となった六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)を題材に、女性の嫉妬心を妖しくも美しく描き出している。誇り高い六条御息所は光源氏の正妻、葵上への屈辱と嫉妬から生霊になり、葵上を取り殺してしまう。後れ毛を噛む女の着物には藤の花と蜘蛛の巣が描かれている。

 上村松園自身「どうして、このような凄艶な絵をかいたか私自身でもあとで不思議に思ったくらいですが、あの頃は私の芸術の上にもスランプが来て、どうにも切り抜けられない苦しみをああいう画材にもとめて、それに一念をぶちこんだのでありましょう」と後に語っている。
 
 平成24年6月、期間限定で展示されている事を知り、早速出掛けた。初めて対面した焔は189×90cmの大作であった。テレビや本では何度も見ているが実物は迫力が違う。しばらく時間も忘れて見入っていた。

 仕事柄なのか、持って生まれた性格なのか、どうしても人生の転換期にとても興味を持ってしまう。外面の美しさを表現する事から、物事の本質としての内面を表現していく転換期に、避けて通ることのできない嫉妬や情念を、一度自分の中に取り込む作業として、この凄艶な絵を描く必要があったのではないか。焔を初めて見る事ができてそのように感じている。

 

 改めて上村松園の凄さを実感するとともに、展覧会を二年越しで楽しむ事ができたとても贅沢な時間に満足している。