梅の記憶

 平成31年2月24日(日)、梅の花を見に、かみさんと国立武蔵丘陵森林公園へ出かけた。毎年この時期は梅の花を見に出かけている。当日は、天皇陛下御在位三十年慶祝行事の一環として、入園無料であった。公園の入り口で、フジバカマの苗を無料配布していた。ちょうど自宅のベランダの鉢が一つ空いていたので、一苗いただいてリュックに入れた。

ジョウビタキ 花木園へ向かうと、梅の花が見頃を迎えていた。普段より人出が多いように感じた。梅の樹の傍に咲く福寿草も見頃を迎えていた。なだらかな坂を登りながら、色とりどりの梅の花の間を散策した。ベンチに腰を下ろして水筒のお茶を飲んでいると、枝から枝へ移るジョウビタキが近くの枝で羽を休めていた。いつものように、梅の花に顔を近づけて、匂いを楽しみながら息をゆっくり吸い込むと、子供の頃の記憶が蘇る。
 
梅の樹 奥多摩町出身の私は、幼い頃から梅に囲まれて暮らしていた。公務員であった父親は趣味で梅の樹を育てていた。凝り性なのか、梅の実を収穫して少量であるが農協に出荷していた。梅酒や梅干しも母親と一緒に作っていたので、梅酒漬けの梅を好んで食べたことを覚えている。梅の実の収穫の時期になると大忙し、家の中には大きなビニールシートが敷かれた。その上に木製の選別機が置かれ、梅を転がすと、大きさ別に下においたカゴの中に落ちる仕組みになっていた。家の中は青梅の爽やかな匂いが充満し、夜遅くまで、選別機の上を転がる梅のコロコロという音が響いていた。また、枝の剪定の時期になると、梅の枝で近所の子とチャンバラごっこをして遊んだ。梅林の中で遊んでいると、梅の花の匂いに包まれているような感覚に満たされた。

 平成31 年4月1日、新元号「令和(れいわ)」が発表された。奈良時代に完成した日本に現存する最古の歌集「万葉集」を典拠としている。日本で記された国書を典拠とする元号は、確認できる限り初めてとなる。書き下し文は、「初春の月にして、気淑(きよ)く風(やわら)ぎ、梅は鏡前(きょうぜん)()(ひら)き、蘭は珮後(はいご)の香を薫らす」現代語訳は、「時あたかも新春の好き月、空気は美しく風はやわらかに、梅は美女の鏡の前に装う白粉のごとく白く咲き、蘭は身を飾った香の如きかおりをただよわせている」とされている。発表を聞いて、令の字の使用に意外性は感じたが、意味を知らされると、幼い頃からの梅の記憶が蘇った。

 激動の昭和の時代を引き継いだ平成の時代が終わりを迎え、新しい令和の時代が平和であってほしいと切に願う。また、多様性を受け入れることのできる時代であってほしいと願う。

 ベランダのフジバカマからは新芽が顔をのぞかせている。
    花を咲かす頃には令和の時代を迎えている。