室生寺

 昨年の10月、友人と二人、4泊5日で奈良のお寺巡りに出かけた。3年前にも一人で巡っており、どうも奈良に惹かれてしまうようである。今回は、法隆寺、中宮寺、室生寺、長谷寺、聖林寺、安倍文殊院、唐招提寺、興福寺、東大寺(大仏殿、戒壇堂)、新薬師寺を巡り、最後は奈良県庁の屋上で市街のパノラマを楽しんだ。かなり歩いたので、一緒に行った友人には少々酷な旅のようであった。

五重塔 山寺が好きなので、三年前に巡った円成寺と浄瑠璃寺はとても良かった。今回は室生寺と聖林寺が印象に残った。特に室生寺は周りの自然とその場所に長い年月をかけて培われた建造物との一体感に癒された。朱塗りの太鼓橋を渡り、正面に見える表門に「女人高野室生寺」と彫られている。女人高野とは、高野山が女人禁制であるのに対し、室生寺は女性にも参拝がゆるされていたことからの名称。五代将軍徳川綱吉の 母桂昌院(けいしょういん)が関係していたようである。

【室生寺】:奈良時代も終わりの頃、山部親王(後の桓武天皇(かんむてんのう))が、怨霊と病気に悩まされた時に、室生の山中で浄行僧(じょうぎょうそう)五人が延寿(えんじゅ)の法を修し、平癒(へいゆ)した。その浄行僧の一人であった興福寺の大僧都(だいそうず)賢憬(けんきょう)が本寺の開基とされる。室生寺の信仰の源流は、室生川の上流にある龍穴神の信仰にある。龍穴は鬱蒼とした杉木立におおわれ、いかにも神秘的な水の霊力がただよう。それが龍神のすみかとみなされた。その下流に室生龍穴神社が鎮座し、そこから室生川に沿って一キロ下方に室生寺がある。水霊龍神に奉仕する山寺として室生寺が建立された。(古寺巡礼奈良:6 室生寺より抜粋)

本堂 表門の手前を右に進み、仁王門をくぐると、境内は、まず鎧坂の石段の佇まいにぐっと引き込まれる。春はシャクナゲに彩られるようである。金堂、 弥勒堂(みろくどう)、本堂(灌頂堂(かんじょうどう))、五重塔、奥の院へと順に巡る。奥の院へは急な石段を登るが、石段の要所要所に石仏が顔を覗かせ、歓迎してくれているように感じた。

 昨年の8月に、上野の国立博物館で開催された「奈良大和四寺のみほとけ」展に出かけた。室生寺からは金堂の十一面観音、地蔵菩薩、十二神将立像(巳神・酉神)、弥勒堂の釈迦如来坐像が出張していた。釈迦如来坐像に魅せられてしまい、開催中にもう一度足を運んでいる。

釈迦如来坐像弥勒堂には中央に弥勒菩薩、向かって右側には役行者(えんのぎょうじゃ)が安置されていた。
寺の人の話しによると、役行者が安置されているところに、釈迦如来坐像が安置されていた。上野の出張からまだ帰ってきておらず、帰ってきても、文化財保護のため、新たに建設される宝物殿に移るようである。

 もう弥勒堂では見る事ができないことを残念に思いながら、この場に安置されている姿を想像してみる。写真家の土門拳は、釈迦如来坐像の事を「日本一の美男子のほとけ」と称している。

 山寺のいぶきを感じながら、この心豊かなひと時に合掌。