伊能忠敬

 7月の初め、立川志の輔の落語を観に出かけた。昨年の9月に初めて観て、とても面白かったのでまた観に行きたいと思っていた。そんな矢先、登録してあるチケットぴあから「追加席発売/志の輔らくごリバイバル」のメールが送られてきた。今年の1月の講演が話題となりその再演との事。

立川志の輔  題目は「大河への道-伊能忠敬(いのうただたか)物語-」。6月28日の18時から、チケットぴあのウェブサイトで一斉販売であった。5分前からパソコンの前で緊張しながら時計とにらめっこ。18時になりさあ作業開始。慌てているせいか、何度か手順を間違えてしまったが、なんとか購入。「今日一番の仕事だったね」とかみさんにいじられたような、ねぎらわれたような声をかけられる。

 ところで、伊能忠敬? 聞いた事あるような、ないような。日本ではじめて地図を作った人らしい。最近は旅行になかなか出かけられないので、地図を眺めて行った気分を味わうといった具合である。興味が湧いてきたので、講演の前に『伊能忠敬「生涯青春」の生き方哲学』という本を図書館で借りて読んでみた。

 時代は江戸後期、傾きかかった千葉の佐原の名家伊能家に養子に入り、家業を建て直した後五十歳で家督を譲り、少年の頃から関心が深かった天文観測と暦学(れきがく)を学ぶ。時代の「舞台」はこの忠敬を呼び寄せ、世界に劣らぬ正確な日本全図の完成へと向かわせる…。衰えることを知らない知力と意志と好奇心と、そして着実な一歩の中に“生涯青春”を貫いた忠敬の生涯。(アマゾンの書評を掲載)

 人生50年と言われた時代に56歳から蝦夷地(北海道)の測量を始め、足かけ17年かけて日本全国を歩き 『大日本沿海輿地全図』(だいにほんえんかいよちぜんず)の作成に尽力を尽くした。74歳で亡くなり、死後も仲間が死を秘して3年後に地図が完成したとの事。歩いた歩数はおよそ四千万歩と言われている。距離にして4万キロ、地球をほぼ一周したことになる。

 すごいバイタイリティーである。苦労も並大抵の物ではないと思われる。何がそこまでさせるのだろうか?本によると子午線(しごせん)1度の長さに異常な興味を持ち、蝦夷地のような開けた土地で、子午線1度を実測すれば確かなことがわかるのではないかと考えていたとの事。根っ子にあるのはどうやら探究心のようである。それも執念のような。子午線とは、北極点と南極点を結ぶ大円との事で地球の緯度の事。そして58歳の時に子午線1度の長さを28.2里と算出している。当時としてはすごい偉業である。

伊能忠敬像

 講演当日、富岡八幡宮(江東区東西線の門前仲町下車)に立派な銅像があるというので講演前に寄ってみた。今にも歩き出しそうな迫力に圧倒された。測量旅行出発の前には必ず参拝していたという縁りの地である。

 講演は2時間ノンストップの長丁場。であるが志の輔節を十分堪能できた。終わって隣を見るとかみさんがちょうど目覚めたところであった。「普通の落語かと思っていたのに、枕の話しがいやに長いなぁと思っていたら・・・むにゃ、むにゃ、むにゃ〜」

 最近はテクノロジーの飛躍的な進歩でインターネットでは世界中の地図がその場でしかも立体画像で観ることができる。日常生活全般がコンビニエンス化されている現在。あと数年で50に手が届く自分にとって探究心の凄さを魅せつけられ、多いに刺激を受けた夏のひとときであった。