雨上がり

 6月末の日曜日の朝、奥多摩の実家で目を覚ます。歯磨きをしながら、二階のベランダの窓を開けると、多摩川の対岸の景色が、寝ぼけまなこに飛び込んでくる。

晴れ渡る峰 寝ぐせを直しながら、川からの少し冷気をおびた穏やかな風を浴びていると、マイナスイオンを感じた身体が徐々に起きてくる。昨夜からの雨が上がり、霧が徐々に晴れわたる光景は、緑が濃く、山がせまっている地形のためか、幻想的な感じがする。歯ブラシをくわえながら、小学生の時に写生をした対岸の尾根に沿って、右手の人差し指を動かしてみると、ゴミ焼却所の煙突の煙りを描くのが大変だった事を思い出す。子供の頃から見慣れた光景を眺めながら、懐かしさを感じつつ深呼吸をする。歯磨き粉が垂れそうになり、左手の甲で口を拭う。

 耳をすますと、多摩川に流れ込む支流の音が聞こえてくる。とても耳心地が良い。それに続き、鳥達のさえずりが聞こえてくる。中でもウグイスのさえずりは心地よく癒される。最近は、外来種のガビチョウも負けておらず合唱となる。たまにカラスの合いの手がはいる。

 ベランダから下を覗くと、おふくろが庭で腰をかがめ、何か作業をしている。丸くなった後ろ姿に時の流れを感じる。トイレに入っていると「まさし〜ご飯ができたよ〜」と一階からお呼びがかかる。子供はいつまでたっても子供である。

 朝ごはんを食べながらおふくろと話しをする。おやじが健在だった頃は控えめな印象であったが、最近は良く話しをする。というか一人でしゃべっている。80代も後半をむかえ、大きな病気もせずに、元気でいてくれるので、一人息子としてはとても助かる。近所の方々が本当に良くしてくれることに感謝する。

 午前9時30分をまわったので、おふくろと一緒に車で羽村のお寺に向かう。今日は亡くなったおやじの姉、おばさんの7回忌である。向かう車の中で、おばさんの事を考える。とても面白い人で、人を惹きつける魅力があり尊敬していた。奥多摩の実家で生まれ育ち、同じような風景を見ながら育ったのかなと、共有できた充実感と自然な環境の尊さに思いを寄せる。

あじさい おばさんを悼みながら、同じ年に後を追うように逝ったおやじの事を思う。弟思いの姉、姉思いの弟だった。上の世界で、仲良く濡れ縁に座って談笑している姿を思い浮かべながら、お寺の駐車場に車を停める。

 お寺のあじさいは、雨上がりの1日をやさしく迎えてくれる。合掌。