朝の習慣

 「ありがとうございます。本日も素晴らしい1日が始まります。できる!楽しく!大丈夫!」毎朝、壁の曼荼羅に合掌しながら宣言し、ストレッチ替わりのヨガを始めると、今日というこの素晴らしい1日がスタートする。いきなりこんな事を書くと誤解されるかもしれないが、宗教的な意味は特にない。特定の宗教を信仰しているわけでもない。理由は、このコロナ禍で毎日不安な日々が長く続いていることが大きいと思う。
 
曼荼羅「ありがとうございます」は、50歳を過ぎると、地元の同級生の訃報が時々届く。地元の世話役の友達から連絡が入ると、今度は誰?というようにドキっとする。中学の時よく河原でキャンプをして、お互いの鼻の中が炭で真っ黒になり笑っていた親友が、スポーツ万能で何をやっても叶わなかったスーパーマンのように憧れたあいつが、当時を振り返り思い出とともに悼む。死を身近に感じ、自分もいつ死んでもおかしくないんだなと思うようになる。毎日無事に生きている事、いや、生かされている事に対する感謝の気持ちが込められている。

コスモス「本日も素晴らしい1日が始まります」は、声に出すことによって、その言葉の事実が引き寄せられると願う気持ちが強い。同じ景色を見ても、絶景に見える時もあれば、何も感じない時もある。それは、その時の自分自身の精神状態が大きく影響する。景色は普段と何ら変わらないのに、受けとめる自分自身の心情に景色の良し悪しが左右される。それが事実であるなら、なるべく良い景色を見たいと思う。それには準備が必要である。すばらしい1日をむかえる覚悟として、声に出して自分に言い聞かせる。昔から、成功のシナリオを自分で考えるのが好きである。自分をノンフィクションの主人公にして成功のストーリーをイメージする。日々いろいろな現象が起きるので、途中でシナリオを修正しながら、新たな成功の道を模索していく。その作業はとてもわくわくする。なぜなら、成功した場合、昨日とは違う新しい自分に出会えることがある。その出会いがとても楽しみである。もちろん成功ばかりではなく、失敗も多い。世の中自分の思い通りにいかないことが大半である。しかし、それを失敗としてとらえずに、新たな成功の足がかりとして、前向きにとらえることで、気持ちが落ち着いてくる。そして、負けじ魂とともに、新たな活力が生まれてくる。

「できる!楽しく!大丈夫!」は、自分に対してのエールが含まれている。日々、できるかできないか迷う場面は結構多い。是が非でもやらなければならない場面も結構多い。そういう時はできる!と肯定的に捉える。そしてその事を楽しむ気持ちを大切にする。楽しむという感情には、迷いの感情を包み込み、それを受け入れた上で凌駕し、行動に繋げる、大きな推進力がある。「楽しみながらやりがいのあるこの面白い仕事を日々実践している」ということを意識する。そして最後に大丈夫!と自分の背中を押すように太鼓判を押す。

 コロナ禍で先の不透明な時代を生きる我々にとって、日々向き合わなければならない相手は自分自身の揺れ動く心だと思う。一人一人が自らをケアしながら、1日1日を大切に生きていく、今私たちにできる最良の事だと感じる今日この頃である。

人はだれもそんなに強くはないのだから・・・