自分の価値観について考える 2021年3月

船橋 正史


 もうかれこれ20年以上前の話である。私がまだ医療機関で働いていた時の事である。血液浄化の仕事に携わっており、下部消化管穿孔の手術後の血液浄化の症例を学会発表することになった。最近のコロナ禍でサイトカインという言葉を耳にする機会が多くなっているが、そのサイトカインが血液浄化で除去できるかできないかというような内容であった。

 周りのスタッフの方々の協力を得ながら、かなり気合いを入れて準備を進めていた。ある程度目処が着いたところで、ただ発表するのでは、面白くないという気持ちが強くなり、面白みを追求するようになった。スライド(当時はまだスライド写真での発表であった)の最後の1枚に、当時のセンター長はあごひげを蓄えた味のある風貌の方だったので、その写真を準備していた。発表当日、スムーズに発表が進み、最後のスライドの写真で会場が沸き、「この人の良さそうで悪そうな男性がうちのセンター長です。今日はぼくらを見捨てて他で稼いでいます」と話したところ、爆笑となった。後日報告すると、センター長は懐の深い人だったので、笑って許してくれた。

 気を良くした私は、次の行動に出る。今回は地方会であった。次は全国会である。港町の大きなホテルが会場であった。早速準備に取り掛かった。基本的に同じ内容であるが、最後のスライドの準備を始めた。同じ部署の看護師さん二人の協力を得て、着ぐるみを利用して、横向きの対面で二人にポーズをとってもらい、てんとう虫のサンバをモチーフにした写真をスライドにした。今回は最後から2番目のスライドとした。パソコンでスライドを確認し当日に望んだ。

 当日、会場は前回に比べてかなり広い場所であった。他の医療機関の知り合いの方も見学に来ていた。気合いを入れて次演者席から演壇に立ち発表を始める。最後から2番目のスライドが映し出されたところで、スライドを見上げると「うわ〜」と思った。明らかにやりすぎである。パソコンの小さい画面で確認していたが、大画面で見上げると迫力が違う。一瞬葛藤する。このまま「次のスライドお願いします』と言えば、傷は最小限で済む。ただ、せっかく準備したのに中途半端で終わらせたくない。どうする・・どうする・・「このスライドのコンセプトはてんとう虫のサンバです」言ってしまった。会場の空気が凍りついた。背中がぞくっとした。

 進行役の座長に目を向けると、口をあんぐりあけた苦悩の表情をしている。その後の質疑応答では座長に完全に無視されている。他の医療機関の知り合いの方も波が引くようにいなくなっている。私は次演者席に戻り、恥ずかしさのあまり俯いたままそのセッションが終わるのをただ待っていた。会場の参加者が退室するのを見計らって、同じ部署の皆が待つ場所へやっとたどり着いた。今日はセンター長も来てくれている。センター長が私の肩をぽんっと叩きながら、「船橋、次は笑いの勉強だな!」と声をかけてくれた。私は弱々しい声で「はい」としか答えられなかった。足早に会場を後にした事を覚えている。

恥ずかしい体験が徐々に達成感へそして心の糧へと醸成していく

 その後、何日間かは恥ずかしい気持ちを引きずっていたが、時間が経つにつれて、自分の中で達成感に変わっていった。そして、あの時「次のスライドお願いします」と傷を最小限に抑えていたら、とても後悔していただろうと思うようになった。自分でも少し不思議に感じたが、気持ちに嘘はつけない。その後このエピソードが達成感から心の糧として醸成していく。

自分の価値観を吟味する。

 あのような恥ずかしい体験がなぜ達成感から心の糧となっていったのだろうかと考えた。どちらかというと、傷を最小限に抑えないで済んだ事にホッとしている感じが強い。スライドを見上げた時にやり過ぎたと感じた事を自分の責任として最後まで全うすることができたように感じている。

 恥ずかしさについては、一時的なことであった。それは、他人の評価にあまり頓着しないという事が言える。外面的な結果にはこだわりがないようである。逆に考えると、他者の意見等を受け入れない傾向にあるのかもしれない。周りの人によくマイペースと言われる。一つの事に没頭すると、周りが見れなくなる傾向もある。

 達成感については、よくやりきったという感情が強い。もともと、「いままで前例がないから」と言われるような事に対しては、前例は早く作った方が良いと思っている。組織の一員としては、不適応なタイプなのかもしれない。だから、開業しているのかもしれない。子供の頃は、同級生から優柔不断と言われていた。A君の話を聞いてそうだねと答え、B君の違う話を聞いてそれもそうだねと答える。そうすると、C君がいったいお前はどっちなんだよ優柔不断だなと言われた。その事に悩んだ時期もある。今考えると、この仕事をしていくなかで、答えは一つではないし、価値観もさまざまであり、答えを決めつけない点ではプラスに働いていると感じている。

 心の糧については、こんなくだらない事が心の糧になるなんてと言われるかもしれない。そもそもそんな事しないし馬鹿らしいと言われるかもしれない。そうなんです、こんなくだらない事が自分の中ではとても大事なんです。価値観には多様性があることを自分でも実感する。自分の人生の中でユーモアを求める比率はかなり高いのです。

 自分の行動の動機は探究心によるところが大きく、内的な感情や欲求に対して正直でありたいと思う。ライバルは誰ですかと聞かれたら、迷いなく自分ですと答える。自分がいちばんやっかいであり、手強いと感じる。人と比べられることが苦手である。この学会の件に関しては、一瞬の葛藤の間に、無意識にというか反射的に、覚悟を決めて「このスライドのコンセプトはてんとう虫のサンバです」と言ったというか言ってしまったので、心に憂いが残らなかった事が、その後の達成感に繋がったと考える。それが時が経つにつれて、自分の中に鉛筆の芯のような物が徐々にできて、心の糧として醸成していったように考える。

 思いがけない事から、自分の価値観を発見し確認することができた、印象的な出来事であった。



ケアマネジャーという仕事

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